新しい事業の提案が回ってくると、数値計画に無理はないか、賛成か反対か、意見を求められることがある。頼まれるのはたいてい数字についての意見だ。ただ、その数字が実現できるかどうかは、計算式のつじつまが合っているかだけでは決まらない。数字を生んでいる戦略のほうに筋が通っているかまで見ないと、賛否は言えない。

そこで、戦略の筋を点検する作業を、AIの手順として組むことにした。頼りにしたのは、今、注目度が高い経営者の意見でも、流行っては廃れるベストプラクティスでもなく、何十年も読み継がれてきた戦略論のほうだ。古い本を12冊分、AIに覚えさせるところから始めた。

なぜ流行りではなく古典だったのか

ネットで人気の最新プレイブックは、半年で古びるからだ。「いま効く広告の型」「伸びるサービスの黄金比」のたぐいは、書いた本人が正しくても、環境が変わればすぐ賞味期限が切れる。やり方の情報は、そういう性質を持っている。

一方で、何十年も版を重ねている本には、やり方ではなく「なぜそうなるのか」という構造が書いてある。市場がどう動くか、人が商品をどう知覚するか、戦略と願望はどこで見分けられるか。この手の話は流行に左右されにくい。事業計画のレビューで問いたいのは、そこだった。今年の流行りに沿っているかではなく、そもそも構造として成り立っているか。だから最新ではなく古典を選んだ。

本を要約させず、点検の道具に分解した

最初にやってしまったのは、本の要約を読ませることだった。これはうまくいかなかった。要約を持たせても、AIは「良い本でしたね」で終わってしまい、計画のレビューには何も使えなかったからだ。

やり方を変えた。一冊ごとに、中身を観点・手順・チェックリストに分解して道具にした。たとえばルメルトの『良い戦略、悪い戦略』からは「戦略が満たすべき3つの部品」と「悪い戦略に出る4つの兆候」を、確認項目のリストとして抜き出す。本そのものではなく、本から取り出した点検リストを持たせたわけだ。

このとき、その道具が使える条件と、外してはいけない限界まで一緒に書き込んだ。たとえばバイロン・シャープの『ブランディングの科学』は日用品の購買データが土台なので、その法則を法人向けのサービスにそのまま当てはめてはいけない、といった注意書きだ。ここを省くと、AIは法則を万能の公式のように振り回してしまう。

入れなかった本もある。孫子やコトラーのように、抽象度が高くて具体的な手順に落とせないものは見送った。持たせても飾りになるだけで、点検の道具にはならないからだ。成功した企業の共通点を後から並べるタイプの本も入れなかった。生き残った会社だけを見て法則を語ると、たまたま運が良かった要因まで必勝法に見えてしまう。この手の後知恵は、判断を歪めるほうに働く。

どこまで信じてよいかで、知識を仕分けた

知識を入れる作業より、その知識をどれだけ信じてよいかを決めるほうに、はるかに時間がかかった。本によって、主張の確からしさはまるで違うからだ。

統計や確率のように数学から導かれる話は、前提さえ間違っていなければ体重をかけてよい。大量の購買データから何度も再現された経験則は、条件を確認したうえで使える。一方で、「戦略とはこういうものだ」という概念的な枠組みは、鋭い切り口ではあっても、実験で証明された法則ではない。

そこで、持たせた知識を信頼度で3つの層に分けた。数学由来のものは判断の土台として使ってよい。大規模なデータで裏づけられたものは条件つきで使う。概念的な枠組みは見落としを探すチェックリスト専用とし、それ以上の役割を与えない。「有名な著者がこう言っているから、この計画は正しい」という使い方は禁じた。権威を借りて議論を打ち切るのではなく、疑いの網を細かくするために古典を使う、という約束だ。

バラバラの本を、ひとつの評価軸に統合した

ここがいちばん骨の折れる作業だった。12冊を並列に詰め込むと、似た主張が別々の道具として重複し、矛盾もそのまま残る。だから、複数の本の主張を整合的につなぎ直す議論を、AIと何度も重ねた。

たとえば、浸透率の低いブランドは客数も少なく、1人あたりの購入回数も少ないという「ダブルジョパディ(二重の不利)」の経験則がある。これと、同じ現象を確率の数式として表したNBD-Dirichletモデルは、じつは同じ主張を調査結果として見せるか、数式として見せるかの違いにすぎない。別々の道具として持たせず、ひとつに束ねた。

市場の評価も、本ごとに散らばっていた見方をひとつの表に畳んだ。市場の側は、先行者がまだ固まっていないか、技術や文化の変化に伴って変化の扉が開いた変動期か、それとも上位の顔ぶれが動かない安定期か。自社の側は、競合に対して利益の差を生む資産を持っているか、いないか。この二軸で事業計画を4つの型に分ける。たとえばワークマンは、作業服の商売で長年築いた「高機能を低価格で作る」調達と製造の構造を、見せ方と売り場だけ変えてアウトドア市場に持ち込み、短期間で勝負を決めた。PayPayは、QR決済の勢力図が固まる前に、ソフトバンクの法人営業網という既存資産を一気に投下して、加盟店を面で押さえた。どちらも、過去に築いた資産が新しい市場でそのまま武器になった例だ。裏を返せば、こうした勝ち筋を持たない計画は、競争の元手を一から作りながら、既に市場に居座るプレイヤーと戦う長期戦を覚悟しなければならない。その覚悟がないまま「新市場の先取り」として提出されてくる計画は珍しくない。そのほうが予算が通りやすいからだ。だから、名乗っている型と中身のずれを見る。資産を持ち込むはずの計画に「まず基盤づくりから始める」と書いてあれば、その資産はまだ実在していない。

『ストーリーとしての競争戦略』は、もっと大きく組み替えた。整理してみると、この本の主張の多くは他の道具に含められたからだ。自社に構造的な優位性、たとえば規模の経済や学習効果といった7〜10項目があるかを一つずつ丸バツで評価すれば、その大半は判断がつく。そして現実には、他社が真似できない独自の陣地を築けているビジネスはごく少ない。だとすれば「独自路線か、横並びの効率勝負か」とざっくり二分するより、優位性の項目を丸バツで洗い出し、丸が一つも無いなら「誰が売っても大差ない横並びの市場」での戦いを前提に、広告投資で認知をどう取るか、オペレーションの精度でどう差をつけるかを、計画がちゃんと示せているかを見るほうが役に立つ。

この本で一番使えたのは、一貫性の考え方だった。事業計画に紛れ込んでいる暗黙の前提を、全部テーブルの上に乗せること。これも独立した関所にはせず、『良い戦略、悪い戦略』の評価のなかに、「行動が一貫しているか」を見る具体的な手順として組み込んだ。道具を増やすより、既にある評価に溶かし込むほうが、出てくる指摘がわかりやすくなる。

監査報告書という一枚にまとめた

仕上げに、これらをつないで、事業計画と計算資料を渡すとAIが全部読み込み、戦略論に沿った一次評価を監査報告書として返す形にした。担当の違う複数のAIが、それぞれの持ち場で計画を検査していく。

最初の持ち場は門前払いの役だ。そもそも戦略の体裁を満たしているかを見る。本当の課題は何かという診断があるか、その課題にどう向き合うかの方針があるか、方針に沿った具体的な行動が揃っているか。この3点が欠けていれば、まだ戦略の手前だと突き返す。「売上を2倍にする」のような数値目標を戦略と呼んでいないか、というよくある取り違えも、ここで引っかかる。次の持ち場で、打ち手どうしが因果でつながって一本の筋になっているかを診る。その先で、マーケティングの前提が実証された法則と矛盾していないかを点検する。常連客の囲い込みに過大な期待を寄せていないか、といった具合だ。データ上、事業の伸びは常連の忠誠心よりも新しい客の数で決まりやすい。最後に、批判だけを担当するAIが、それまでの議論に論理の破綻がないかを監査する。

裏側ではリサーチ担当のAIが走り、監査報告書の指摘には可能な限り、該当する資料のセルやページ、外部調査のリンクが差し込まれる。情報の関係を一から整理し直さなくても、アウトプットから逆に辿って、根拠の所在にすぐ行き着ける。

使ってみて、レビューがどう変わったか

あちこちに散らばった資料を、主張の根拠から計算の数式まで、いきなり読み込むのは骨が折れる。監査報告書を先に読むと、事業計画の骨格を素早く掴める。市場を今どう見ているのか、自らが定義するカテゴリーの真の競合はどこだと見ているのか、その競合とどんな戦いをする想定なのか。顧客目線を欠いたまま「競合のいないはずの新市場」や「独自の売り」を思い描いていないか。こういう問いに、短時間で当たりをつけられる。

数値の面も楽になった。セルをいくつか抜き取って計算の整合性を一から手繰る必要がなく、顧客1人あたりの採算と損益計画のつじつまが合っているかが、自動で整理されて出てくる。

正直に書くと、監査報告書は文字数が多い。読み込む量が劇的に減ったとは思わない。それでも、構造化された状態で情報が入ってくること、必要に応じて素早く裏取りの調査を走らせられること。この2つで、レビューの仕事は格段にやりやすくなった。

今回仕込んだ12冊は、どれも過去に自分で読んだ本だ。この手の本は共通して、主張と、それを支える論理と、豊富な実例でできている。そして文字数の大半は、実例の説明に割かれている。だからこそ、頭の中で構造を整理して、主張と論理の要点を掴めてさえいれば、本の分厚さに引きずられずに、ポイントを押さえた点検の道具へ変換できる。丸ごと覚えている必要はない。骨組みを取り出せるくらいに消化できていれば足りる。レビューの場で効いたのは、何でも知っている物知りのAIではなく、疑い方を知っている点検係のほうだった。


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